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機能不全の両親のもとに育って・・

たくさんの人が、自分とは○○○○子です。
○○○○雄です。
そして、私の人生はこれこれで、
肩書、家族構成は何々です。

このようなストーリーある体験を通し
自分を語ります。

自己の本質である、永遠のエネルギー(命)
が、不生不滅であることに気づけず、肉体の
死を迎えてしまう人も多いです。

私は、とても不条理で幼い精神の両親の
もとで育ちました。

母は私の事を父が嫌っていると
事あるごとに言いました。

相談をするくせに、自分の都合が
悪くなると、私のせいだと言われました。

父は全く家族を顧みず、放蕩三昧で
家はくちゃくちゃな時も長くありました。

時に蹴られ、罵声を浴びせられ、泣くことも
ままならず、波乱に満ちた思春期を
過ごしました。

機能不全の家庭に育つと
「自分を愛する」事が解らず
生きる事にたえず葛藤が伴います。

そして変化を恐れ、自分も他人も
コントロールしたくなり、エゴの暴走が
始まります。

私はこの体験をしたからこそ
たくさんの気づきとたくさんの出会い
そして何より変わる事が出来るのは
自分のみと痛感したのです。

確かに幼い頃より霊的な
感覚はありましたが、生きる不条理さを
体験することが、私には必要であったし
そのリアルな体験がなければ無知であった
事も確かです。

決して楽しくはない過酷な体験も
はらわたから理解できるためには、
相手が変わらずいた事でした。

はぎとった人生の状態しか
肉体の自我は感じられませんが、
本質である命は宇宙全体の総和の
中で、一つのピースとなって生き生きと
輝いていることが、今の私には
わかります。

その内なる命に意識を向け
日々丁寧に生活できたらと
しみじみ感じている今日この頃です。
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当たり前のことなど1つもない

慣れ親しんだ世界の中で、
私たちは、安定、確実、保障を欲し、
さらに「自由」を求めます。

しかし、自由は、知らない世界の扉を開ける
未知への冒険だと思います。

定まった状態では、動きもままならず、
まるでアイシャが1メートルのリードに
繋がれたままボール遊びするみたいです。

安定は不自由も伴うものです。

知らない世界を知る事はドキドキします。

それに、今から未知の世界に飛び込むという
自覚がないから、恐れと言う感覚が
立ち上がります。

未知と恐れはワンセット。

そうです、きっと、自由は未知を既知とする
恐れと喜びの入り混じった
魂の衝動なのかもしれません。

その衝動を具現化するのが
人生と言う舞台です。

人生と言う舞台は、大道具も小道具も
変更可能で、使い方も自由です。

その舞台には先の見える道は
ありません。

道なき道を、一人一人が歩いているからこそ
振り返ったとき、思い出として美しいくっきりした
情景が現れるのかもしれません。

苦しみや悲しみがあればこそ
自己洞察、自己改革という道に
分け入れます。

そして、未知を既知に変えながら
我が道を歩く時、道端の花や
空を舞う鳥に神性を感じ、
当たり前の風景に奇跡を
感じるのではないでしょうか?

当たり前と言うものが一つもないこと
そこに気づくのかもしれません。


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仔猫のなむちゃん 虹の橋を渡る

今朝4時過ぎ、なむちゃんは息を
引き取りました。

最期、少し声を上げました。

アイシャは階段を下り、なむちゃんを
見守りました。

5日間という短い時間では
ありますが、私たち家族は
幸せな時を過ごしました。

そして、なむちゃんを心配し
応援してくれる優しい人たちの
気持ちに触れました。

また、なむちゃんを「飼ってもいい」と
言ってくれた人の愛に、ただただ感謝。

なむちゃんは女の子です。

愛されたんだよ、なむちゃん。

肉体を離れ、元気に、美しい虹の橋を渡って
行くのですよ。

「ありがとう、なむちゃん。
頑張ってこの世界を冒険したね。
いろいろ教えてくれたね。」

光に向かって行くんだよ。

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仔猫のなむちゃん・・・2

7月6日に出会った仔猫なむちゃん。

弱々しい姿だが、昨日も音叉表面波
をあてた。

音叉には反応している。

昨日夕方、ヒロサンとコスモ以来
お世話になっているひまわり動物病院に
連れて言った。

受付の看護師さんに状況を説明すると
「自宅で飼えますか?」と常套句が返ってきた。

まあ、こんなケースが多いという証拠
なんだろう。

「飼うことはできませんが、目の前の瀕死の猫を
ほっておけません。」と答える私。

先生が笑顔で出てきて、「さあどうぞ」と診察室に
誘われた。

長いお付き合いの先生は、我々夫婦を
察してくれ、安楽死は口にせず、「今
できる事をしましょう。」と言ってくれた。

状態は大変重篤で大きく見開いて
飛び出した片目は絶望的。

あごの骨も折れ、頭の変形は無数の
咬み傷の深さから膿が溜まったもの。

呼吸器もやられ、呼吸がもれた雑音が
いびきの様に鳴ってる。

こんな2か月くらいの仔猫を
殺してしまうほど雄猫は
、攻撃するものなのか?

猫を飼ったことのない私は
扱い方も、世話の仕方も知らず、
猫社会のしくみも知らない。

「めったにないが時には
殺してしまうこともあります。」
先生の返事に、たかだか2か月の
仔猫が遭遇した場面は痛々しい。

猫は死への恐怖はなくても、体の痛み
や苦しさは感じている。

「この状態はかなり痛いのですか?」
と質問すると、「痛いでしょうね」と・・先生。

抗生剤と栄養剤の皮下注射。
傷口の消毒と膿だしをしてもらった。

生きられる可能性はわからない。

でも、苦しむ仔猫は何とかしてやりたい。

そんな私たちに「時間もかかりますが
片目が見えて、元気になったら外の子に
戻す考えなんですね?」と先生が言った。

「はい」「そんな元気になったら、避妊手術して
外に戻し、野良人生をおくらせたい」と私。

限りなく優しい眼をして先生は
笑った。

見るも無残な顔になったなむちゃん。
大きな障害を背負ったなむちゃん。

今朝もヒロサンは慣れない手つきで抱き
さわり、私は注射器でカレンデュラの入った
お水を飲ませた。

「ミャア~」初めて聞いた小さな鳴き声。

せっかく、この世に生まれ、かみ殺される
恐怖感と痛みの中、
降りしきる雨の中で終わっていくんじゃなく
「世話は下手くそだけどちょとだけ優しいかも」
そんな安心も学ぶために・・・・・・
ひょっとして・・・・出窓の下にいたのかなあ?

残忍なニュースも多いが、そんなことばかりじゃない。

厳しい助言をくれた近所の方も、気にかけ
「その後どうしたか。気になったけど、
近藤さんちで倒れてたから、その子は
幸せだと思った。」と今朝早く
アイシャの散歩で言われた。

そして、「実は私も肺炎の野良を助け
入院させけっこうお金を使ったよ」
と、嬉しそうに笑った。
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7月6日(南無の日)

7月6日の早朝、我が家の出窓の下に、
まるで拝むかのようなスタイルで、
倒れている子猫がいた。

まだ、息をしていたが、瀕死の様子だった。

多分、猫の喧嘩にやられ、なんとか
出窓の下までたどりついたらしい。

ヒロサンが花の苗を入れるかごを
2つに合わせ底にシーツやタオルを入れ
簡易のハウスを作った。

私は走って水に蘇生のレメディや傷に良い
レメディを数種入れ傍らに置いた。

チビ猫の顔はがっぷり咬まれ
頭も変形していた。

片耳は下が深く切れ、片目の下はさらに
深くえぐられ開いたまま失明、もう片方も
全く閉じたまま見えず、顔のそこらじゅうは
ひどい咬み傷、体もそこらじゅう深く咬まれ
痛々しい姿であった。

「よく、ここまでたどりついたもんだ。」

いつ絶命するかわからなっかたが、
私は15分おきに音叉の外面波を
あてた。(528、50、78Hz)

すると、フラフラ立ち上がり、生きる
気力をみせた。

血がたくさん出ていたので
ミリュホルームとハイぺリカム
のチンクチャーを水に入れ
見守った。

ゴーヤ棚の下は雨が当たらないが
それでもハウスに傘を差し、
「チビ猫に手加減ない喧嘩は
人間界の心の乱れの影響かね?」
と、アイシャに語りながら、見守った。

近所の猫好きの人に相談すると、、
「獣医さんにいくときっと安楽死の選択だよ。
目の見えない猫は野良として
生きられないからね。
そんな猫をワンちゃんのいる
あんたの家じゃあ飼えないでしょ?」と
厳しい助言。

確かにそうだ。その通りだ。

でも、瀕死で拝むかのような姿の
チビ猫をほっておけるもんじゃない。

矛盾は、早くも承知で、解放してる。

だって、今のヒロサンと私には
その選択しかない。

結婚以来、私はまさかのハプニングの度
ヒロサンの振る舞いに感謝と尊敬の
気持ちが湧く。

本人の前じゃあ、口が裂けても言えないけど
心で手を合わせてる。

「ありがとう」を何度も言う。

夜、玄関に入れると、アイシャは何度も
様子をうかがっていた。

私は金曜日から発熱して
39度近い熱だった。

土、日はしんどくて、夜もほとんど眠れず
まるで2年前の諏訪赤十字病院の
緊急入院の夜を思い出した。

そんな時、なんでまた・・・
でも、なんか逆にチビ猫が力をくれた。

今朝、お湯でチビ猫の体をふき、傷口に
ホメオパシーで使うカレンデュラの軟膏を
塗った。
アイシャはしっぽを舐めようとしてる。

鼻もつぶされてるから息をする度
いびきのような音が鳴ってる。
でも、痛がる様子に元気を感じ、嬉しかった。

どうか、どうかチビの目が見えますように。
どうか、どうかチビに光が戻り
ますように。
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認知症って言うけれど・・

ばあちゃん(主人の母)が倒れて9年目の夏。

施設での夏祭りも慣れたもんだ。

この8年間で、ばあちゃんは何でもできる頼れる
お義母さんから泣き虫の子供の様に変身した。

今日、施設をのぞくと、ばあちゃんがフロアで
、認知症の程度をチェックする簡単な質問をされいた。

療法士さん・・
「野菜の名前を思いつく限り答えてください。」

ばあちゃん・・
「・・・・・・??・・・・」

6つ言えたが、以降・・思い出せず悲しそう。

しかし、私を発見した瞬間、モードチェンジ!

療法士さん・・
「私の後に続いて言いましょう。
みんなで力を合わせて綱を引きました。」

ばあちゃん・・
「みんなで力を・・合わせて・・綱を引きました。」
よだれがポタポタ落ちる。

まみ・・
「すごい!すばらしい!さすが!」

療法士さん・・
「カードに書かれてるようにしてください。」

目を閉じてください

ばあちゃん・・
目を閉じ、さらに手で顔をおおう。

療法士さん・・
「絶対見えないくらいしましたね」

「では、好きな文章を書いてください。」

ばあちゃん・・
鉛筆をもって小さな字で、よだれをたらしながら
目を開けてください
と、書いた。

まみ・・
「やるね~ブラボ~だね。」
何だかすごく嬉しい。

テストが終わってから
私たちは2人で、もう1度
野菜の名前を思い出すクイズをした。

でたでた20個くらいでたよ~

まみ・・
「私は誰でしょう?」

ばあちゃん・・
「それを忘れちゃあ、おしまいだわね。
まみさん」

好きでなったわけじゃない認知症。
でも、その経験がばあちゃんにも
介護する私にも必要だったんだね。



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プロフィール

Mami

Author:Mami
愛知県在住。
声とリズムと音叉を使い、
ユニークな音楽教室を主催。
趣味:さんぽ、山を見ながらビール?

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