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焦ってしまう私、慌ててしまう私

時間に制限がある中で、なにかをこなそうとする時。

「早くやろう」を通りこし、気持ちが焦りだすと、
動作は丁寧さに欠け、妙に慌てまくり、
失敗したり効率ダウンしたりします。

身に覚えあり。

焦っている時は、ゆとりはありません。
慌てている時は、楽しくありません。

ない中で、乱暴な動きになれば、しくじったりします。

行動する私への、無意識が招く、悪いパターン。

丁寧にする時、行動への落ち着いた意識は、
保たれるので、流れが効率を上げ、いきいき
して、夢中にもなれます。

これが、もし、人との応対だと・・・・

相手が、すごい人だと思っていると、緊張したり
焦ったりしませんか?

自分が、妙に委縮してると、焦ったり
しませんか?

身に覚えあり。

これも、応対する自分の意識の欠如で、
馴染みの焦りの反応を起こすのです。

言わなきゃ良かったあの一言、しなきゃ良かった
お愛想笑い、ああ~後で後悔するばかり・・

身に覚えあり。

自分が何をしているのか、何を感じているのか
それらを意識できる私の存在不明が、
招いてしまう状態。

「頭が真っ白になる」と、言いますが、
空白になり、選択肢が解らない状態。

なぜ「真っ白」?本当は「真っ黒」でなきゃあ
変です。
真っ黒だから隙間なくて、
考えられないんじゃないのかなあ?
真っ白なら自由じゃないのかなあ?

(どうでも良いのに、疑問の私)

今日のメッセージ
何がどうであれ、真っ白になるのも自分で、
誰かが、いきなり脳みそを抜き取ったわけじゃない。
自分が、何を感じているのかを意識する事は
とても大切です。
意識を保てれば、行動選択が、落ち着いた
対応に変わります。
お愛想がたとえなくてもだいじょうぶ。


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同行2人旅=身魂2人旅。

私は、この頃深く感じる事があります。

それは、体を、決して乱雑に扱っては
いけないと思うことです。

健康管理は、当たり前と思うかもしれませんが、
もっと、深く細やかに、体を意識し、
大事に手入れする事、体の声を聞き取る事。

この肉体があればこそ、どんな感情でも、脳は
教えてくれますし、体の反応を伴い、体感できるのです。

笑う時、体のどの部分が震えるのか、泣く時、
涙はどんな感じで、目から溢れ、頬を濡らすのか?

安心とは、どんな感じか?

感動とは、どんな感じか?

絶望感はいかなるものか?

私たちは、永遠の命であり、不生不滅のエネルギーですが、
この世在住の限りは、同行2人ならぬ身魂2人旅です。
いや?霊(スピリット)も入り、3人旅かな?

体に命を吹き込む、エネルギーが本質だとしても
体は、機械ではありません。

コンピューターが、いかに進歩しても比較にならない
素晴らしさが体にはあります。

体は、細胞ひとつひとつが連携し合い、
全体を形成する力があり、
誤作動もすばやく軌道修正し、しなやかに強く、
ウィルスにも対抗反応し、しかもその所有者の
心の状態(内因)をキャッチし、様々な病として
「気づき」をくれます。

その中を、60秒で1周するらしい血液という、
超特急列車が走り、汚れると、速度が遅れたり
詰まりを起こしたりします。

見えない体内では、今も、想像を超えた
スゴイことをやってくれてます。

そんな体に感謝し、手入れし、
ここに生かされている「命を実感する」
ことは、ついつい後回しにされがちですが
とても大事なことだと思います。

生活習慣や、食事に気を付けるのと同様に、
体への感謝、体へのありがとうの言葉がけが
何よりのサプリではないでしょうか?

体は、今も、私たちの思いも、声も聴いています。

今日のメッセージ
特別も当たり前もなく、自慢も卑下もなく、「在る」
と言う状態、私が消えて、ちょっと怖いくらいの
ただ「存在」を感じる時。
イノチの表現は様々ですが、素晴らしさのなかにも
残酷のなかにも、おなじ存在があることを感じます。
日常は、辛さも、悲しさも、喜びも、笑いもありますが
あらためて、体があればこそ体験ができるこの世界
の有り難さ、違いが判る有り難さ、を深く
感じます。
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在る(being)

全ての物に、絶対の形なんてないんだと

思いませんか?
私は思います。

いつも、今と言う瞬間の姿を目に
しているのであって、その背後には
さらなる可能性と完成形が控えています。

私たちは、生きる途上で、人を傷つけたり
裏切ったり、嘘をついたりします。
その逆もしかりです。

でも、その体験のお陰で、感情を伴って
理解できたし、知ることができました。

辛い、憎い、悲しい・・マイナスと言われる
感情だって、気持ちいい、可愛い、楽しいを
強烈に味わうためには、必要だし、高みに出れば、
谷底の深みも味わいます。

善悪や良否の裁判官は、道徳的には
必要かもしれませんが、身を持って
体験するうえでは、影をひそめてます。

時に、残酷なことを平気でする人を見ると
激しい嫌悪感が湧きます。
でも、ただただ、嫌うのでなく、難しいかもしれませんが、
「相手にはその残酷な行為をする
と言う体験でしか、感じられないものがあり必要なのだ」
と、考えると・・・・・

ただ相手の存在は認める。

他の人を、避難したくなる時、相手の中に
ひょっとすると、自分の中にもある部分
(嫌で受け入れたくない部分)
を見ているのかもしれません。
全くそれがないなら、即座に反応はできないからです。

私たちは、今日まで生きてきたすべての体験、
してきたことの全部のお陰で、今の自分の知恵があり
強さがあるのです。

だから、いつも‘最高に叡智溢れる私’を、‘今’
生きているのです。

あの時より、昨日より、いつだって今が最高の
私を生きてます。

こうあるべき姿など、幻で、いつもいつも
今が最高の完成形なのです。

今日のメッセージ
心、魂、などは所在不明で人体解剖しても
出てきません。
考えにグルグルに捻じれ悩む時、「心を落ち着かせて」
と言われても、どうしたら脱出できるかは、
理解できません。
だって、思考と言う脳の暴走は、感情を伴い、
体の震えや緊張まで伴い自動的に不安の谷
まで連れて行ってくれるからです。
しかし、「考えるのをやめた」となれば、暴走は止まります。
が、そんな簡単でないし、止めれないから苦しんです。
と、イタチゴッコです。
難しくしているのは、記憶や強いこだわりや思い込み
からくる、思考の「不幸のかき集め」なのに・・
そして、今ここに、何も侵されていない我がうちの
「在る」という本質は、いたって穏やかです。
どこかに、求めなくても、いつもここにある
「状態」は「ただ在る」・
なんとかするdoinngが絶対だと、脳が暴走したら
在るbeingに戻しましょう。
呼吸を感じたり、体の部分に触れたりして「今ここ私」
を感じましょう。
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旧小原村 まさかのハイキング

「池野じぃー様の作った山の見学会
旧小原村の山で森林浴しませんか?」

う~ん。そそる内容、ワクワクする~。

私が、毎週利用している宅配サービスの
注文票と一緒に、時々好奇心をそそる
イベント案内が入っている。

「いこっ!」とヒロサンを誘い、申し込んだ。

定員50名で、応募多数の際は、抽選らしい。

そして、昨日12日、日曜日、現地10時集合。

30分近く前に着き、1番のりの我々を発見した
池野さん(息子さん)が、駐車場の立て札を
抱え、走りながら「こっち、こっち~」と、車を
誘導してくれた。

ここは愛知県とはいえ、ほとんど岐阜県との県境。、
コンビニなんて途中見当たらなかったなあ~。
連なる山山山の、緑に囲まれた田舎。
酸素たっぷりの空気が、コッコ工房(養鶏場)の
鶏ちゃんの香りと混ざり、微妙に美味い。

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今日の参加者は5組夫婦.大人10名と、もうすぐ3歳
になる男の子。

自給塾も開校されていて、週末には、各地から
人が集まり、無農薬での米作り指導を受ける。

そんな人たちの休憩場所が今日のイベントの
開会式場だ。

「開会式か~すごいなあ~」

「手作りの囲炉裏だ。すごいなあ~」

「わおっ、ススで本が真っ黒だ~」

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なかなかワイルドな建物の中で開会式が始まった。

池野じいー様は御年90歳だが、全くみえない。
(息子さんと兄弟にみえる・・失礼)
ほんとに若々しく、目も耳も達者で、体つきは、
まさに林業従事者だ。

じいー様のお話は、聴くほどに、我が身を振り返る
素直で謙虚な気持ちにさせられた。

山を生かすのは、100年以上の時を必要とする
樹木と真摯に向き合う仕事だ。

自分の時代は、木を植え育て、枝を打ち、間伐し、
いつか孫たち、ひ孫たちの時代がきたら、その木が
立派になって、材木に使用される。

いかに働いても、即、生活安定に直結されない
山仕事を、誰と比較もせず、淡々としてきた生き様は
素晴らしいと思った。

木が立派になるまで、決して換金されることはないが、
山が大好きで、他の仕事をしたり、給料袋でお金を
手にしたことが1度もなかったという。

唯一の娯楽は、やはり山登りで、南や北のアルプス
登山。それから、美しい樹木の育つ愛知の山歩き。

一言一言に、押しつけがましくない重みがあり、
人柄からにじみ出る自然との調和が、参加者を
やさしく包む。

私は感動し、じぃー様の山が早く見たかった。

参加者の自己紹介も始まり、ある人の「職業は?」の
質問に、「警察官みたい」とナイスレスポンス。

理科の先生、マクロビ料理教室の先生、大学の先生
写真家・・・多彩な顔ぶれ

その中に若夫婦とチビチャン。

そ・そして・・始まった山歩き。

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こ・これが・・まったり森林浴なんてウソ~

最初の林道から外れ、道なき道をゆく。

私は、立ち止ったところで話し始めるじぃー様の
話を、しっかり聞きたくて、なるべくくっついて歩く。

じぃー様は、慣れたもんで、急な斜面も木の棒
片手にすいすい行く。

「山はいいね」「スゴイ枝打ちがきれい」・・・の声は
やがて消え、無言になり、チビチャンの鳴き声が
後方に聞こえる。

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しかし、それは序章にすぎなかった。

さらなる、急登に、重なり合った木や、石に足を取られ
ハイキングは登山になった。

メンバーは誰も予測していなかった。

それは、皆の軽装が物語る。

若夫婦はチビチャンを担ぎ、何度も転びながら
歩いている。

チビチャンは、悲鳴に近い鳴き声を轟かせている。

どこかから、これ知ってたらこないかも?・・
とつぶやきが聞こえる。

そして、下りは、足の置場もなく、ずるずるお尻から
落ちる人がいる。

この15年近く、山登りもしていない私だが、だんだん
楽しくなってきた。

後方から絶叫するチビチャン。

「あれっ道間違えた、下りすぎた。」・・このじぃー様の
言葉に、倒れそうになったが、聞いたのは多分
私とヒロさんのみ。

途中、じぃー様が見えなくなたっら・・
立ちションしてた。

やっと、まともな林道に出て来た時。
若夫婦の顔つきは変わっていた。
たくましさと、連携する大切さ、生きる根性
そんなもんが、滲み出る顔つきに感じた。

チビチャンは、安堵から泣き止み、ママ持参の
リンゴを道に座り、ものすごい勢いでほおばっていた。

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皆、「よくがんばった、すごいがんばった」と若夫婦を
褒めた。

しかし・・・・ここからまた始まった道なき道をゆく。

後方から絶叫する「こわいよー」のチビチャン。

必死に担ぐパパ(とうちゃん)、拾った栗を握りしめ
戻るに戻れぬ道のりに覚悟をするママ(かあちゃん)。

今日のメッセージ
今回は、じいー様の山もすごく良かったし、話も
大変良かったし、参加者の家族愛も良かった。
中高年、初老に混ざって、若夫婦の参加。
無事戻ってきたとき、何度も頭を下げ
「ご迷惑おかけしました。ありがとうございました」
と言った若夫婦。きっと、ずっと思い出に残る
かもしれない。だって、開会式の時と全く違う
顔つきに見えたのは私だけではないと思う。
体験することは、体ですべてを感じる事だ。
知的理解では想像もつかない私的理解なんだ。
企画くださった皆様、ご一緒くださった皆様
「ありがとうございました、楽しかったです」
この記事は、ギャラリー内の
ヒロサンズに詳しく楽しくのってま~す。
ご覧くださいね。

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エボラ熱患者の飼い犬が殺処分の記事を読んで・・・

私たち人間は、この世の覇者ではありません。

宇宙を知るため、科学や量子力学、物理学など
様々な分野の研究が進み、仮説はやがて発見になり
100年前では、考えられない解明、発明をし、
私たちは急進歩の中に生きています。

でも、宇宙への憧れやロマンが、いつからか、自然界への
挑戦状の様になって、コントロールや支配におよび、
私たちは、人間の傲慢なエゴの暴走を黙認するように
なってしまいました。

進歩の途中、なおざりになった、あらゆるものとの
調和や共生。
いったいどれだけの、動植物が犠牲になったことか?

イタチゴッコのような、新型ウイルスに対抗する措置は
ワクチン接種という、(成分すら知らずに、疑わず)流れです。

牛を大量殺処分、豚を大量殺処分、鳥を大量殺処分。

もし、家族の様に暮らしたペットだったら、殺処分という
「感染拡大防止」の大義名分をどんなに悲しいものに
感じる事か?

世界中のあちこちで、紛争が勃発し、異常気象の中、想定外の
被害が発生し、次々に出る強力ウイルスに感染し、・・・・・
偶然などなく、何かが狂い、・・・・
「きっと、何かが変だ。」と感じている人は2年前より
何倍も増えたと思います。

今日、新聞に下記のような記事が載ってました。
スペインの保健当局はエボラ出血熱の感染が
確認された女性看護師のペットを、
安楽死させたことをあきらかにした。
彼女は亡くなったエボラ出血熱患者の
治療に携わっていた。
夫も予備措置で隔離中。
夫は隔離先から外部と連絡を取り、
犬を殺さないよう懇願していた。
夫婦には子供がなく、自宅で12歳の雑種
の犬を飼っていたので、その犬だけが
残されていた。
夫は、隔離中に大量の飲み水と食糧を用意
して、犬が歩き回れるテラスもあるから世間には
迷惑をかけないといった。
しかし、この犬は殺処分された。

今日のメッセージ
たかが犬の扱いに大騒ぎするのはおかしい。
こんな指摘もある中、数十万人がインターネット上
安楽死を反対していたのだ。
罪もなく、物言えぬ動物、家族同然の動物が
見知らぬ人の手によって安楽死されるなど
私には悲しすぎてたまらない。
12年と7か月生きた愛犬コスモが亡くなった時
私は時計が止まったようになり、しばらく
泣いてばかりいた。その姿を笑われた時
「たかが犬」しか、思えぬ人以上の
無償の愛を動物たちは与えてくれる事を
私は深く深く体感している。

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人生と言う名の織物

今日も、充分な空気がちゃんと吸えますように。

今日も、体が、地面から浮き上がりませんように。

そんなことを願う人は、少ないと思います。

当たり前すぎて、願うに値しない
事だからかもしれません。

呼吸困難にでもならない限り、空気の存在を、
手を合わせて感謝する気持ちは、わかりません。

水道から流れ出る1滴の水さえ、どれほど便利で、
有り難いものか、干ばつに苦しむ国に暮らさないと
わかないのでしょうか?

私たちの質は、拡大進化を軸にもっているからか、
「今よりさらなる向上」にむかい、思いのベクトルは
自然と「今以上」を望みます。

少し、話は変りますが、私は長い間、音楽に
携わり、音楽の中の数学性の面白さを感じています。

規則性の中から、現れる不規則性に、
鼓動は高鳴り、気持ちは自然と高揚します。

操作性のない、自然な風音や、波音、小鳥のさえずり
これらを聞き飽きることなく暮らせるのは、自分の中に
同質の協調できる周波数を、持っているからでは
ないのでしょうか?

普段、私たちは、様々な家電のモーター音や、
人口音に囲まれ、生活しています。

「元気」「本気」と言われるよう、身体を廻る「気」も
エネルギーで、波動といわれ、聞えない音です。

様々な音で、ぐるぐるに渦巻く中、私たちは
一人一人が、個性あふれる「気」そして、その時々
変化する「おもい」という音を発し、あまり意識もせず
生活しています。

その音を、「糸」に例えるなら、人生は
まさに、そんな糸で織りあげる壮大な織物。

織物にするためには、たくさんの人との出会い
経験が必要で、そのたびに、色合いや柄行が
変化してまさに芸術的な織物を創造するのでは
ないのでしょうか。

他人から発する想いの糸が、異色で太さも違うから
絡まれば面白さを増す。

自身を知るとは、その織物を外から眺めれる場所に
立って「はてはて、癖のある柄だなあ~」
「ワンパターンであの糸とは相性が合わないなあ~」
と、観賞することではないでしょうか?

糸そのものに、なりきってばかりいると、いったい
どんな織物かも確認できないし、色や柄の変更は
自在である気楽さもなくなり、絡まる痛みに辛くなる。

私たちは、一人一人が織物の創造者であり、糸に例えた
その時々の波動(音)によって織り上げる瞬間を、
肉体の感覚を通して味わいながら、「楽しい」
「悲しい」と仕分けしています。

観賞台からじっくり眺めると・・・・・

「少」と「多」。「小」と「大」。
「太い」と「細い」。「醜」と「美」。
「死」と「生」。「陰」と「陽」。
お互いは、切り分けられず、支え合っているんだなあ~。

今日のメッセージ
見えないものに、支えられ、この見える世界が
成り立っている。潜象と現象は一つ。
そして、日常的に、空気も重力も引力も、見えないけど・・
今日も息ができ、浮いていない。
よかった~
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どうかご自身を責めないでください。

御嶽山の噴火事故から生還された
人たちは、トラウマを抱え苦しんだり
仲間を見殺しにしたと、自責の念に
かられ、辛い思いを抱えていらしゃる人も
多い。

天に召された人々は、肉体を脱ぐその瞬間まで
生きぬき、この世を全うされたのだと思う。

誰のせいでもない。

決して、あなたたちが見殺しにしたなんて
ことではない。

どうか、自責の念を持たないで欲しい。

私たちは、この世界を、この肉体で生きぬくが、
この我が身以外に責任は持てないのだと思う。

互いが、互いの命を尊び、慈しむ時。

時は無情にも、悲しみや別れを人生に
おこす。

愛は決して消えない、時空間をまたぐ
エネルギーだと、思います。

悲しい思いを抱える人たちに、
遠くから祈るだけで、なにも、言えないけど、
どうか、どなたも自責の念を持たないで欲しいです。

少しずつ、前に向かって進む気力と勇気が
静かに、穏やかに湧きあがりますように。

私たちは、肉体を着て、生きる永遠のエネルギー
ですが、悲しい時や、辛い時は泣くだけ泣けばいい。

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プロフィール

Mami

Author:Mami
愛知県在住。
声とリズムと音叉を使い、
ユニークな音楽教室を主催。
趣味:さんぽ、山を見ながらビール?

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