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魂という記録簿を携えた光のエネルギー体

この世には、たくさんの人がいて、いろんな考え方が
あります。

まさに、多様性の世界であり、正しさに捕らわれると、
不自由を感じるかもしれません。

今の自分にとっての、しっくりする考え方、感覚、
それが、その人の中にある真実です。

では、私は・・・?
と言うと、「私は肉体と言う、物資次元地球服を着て
五感を持ち、個別化し、体感することを望んだ
エネルギー体です。魂という記録簿を携えた不生不滅の
意識体です。」なあんて、おもいます。

魂の記録は、水晶を覗き込んで語る他の人に、
尋ねるより、自らの内面を覗き込むことで、少しずつ
明らかになるとも思ってます。

そして、魂の記録から取り出す記憶は、今の
自分の周波数にぴったりのものかもしれません。

運命や、宿命や天の意志のせいで、幸不幸が
決まるのではないと思います。

確かに自分以外の、外側に理由を探せば、容易に
こじつけ可能です。

でも、私たちは、何か出来上がったドラマに放りだされ、
翻弄されるような、弱々しい存在ではありません。

自らが、思考し、発信し、引き寄せている創造的な
存在です。

もし、周りに肉体のみを命と思う人たちがいても、
心配になり、お世話をしたくなる人がいても、
私たちがまず、しっかり干渉するのは「我が人生の
創造」だと、思います。

そこに、いかなる過去世を持ち込み理解したとしても、
この地球で向かうのは、明日であり、未来です。

進化発展に向かう大宇宙のゲームのような中、
私たちとは、遊んで動く、力強い光の存在が、その光の周波数を
落とし、形をあらわし、自らの表現をしたく
やってきた存在。・・なのかもしれないですよ。

もし、苦しいと感ずる状況があるなら、変化できるのは
自らの考え方と、そこから引き寄せられた行動に対する
十分な意識を向けることかもしれません。

苦しいと言う感情が、結果として現れているのだから、必ずやがては
消えて行きます。
いじくりまわして、結果を次の原因にする必要はないのです。

それより、苦しくなるような感情、そしてそんな結果を生んだ考え方に
自ら目を向け、気づき、学び、そして、‘今’こうして変化を促す
内からのエネルギーの喜びを味わってみる。

変化自在の自分を楽しく味わってゆけば良いのだと
思ってます。

今日のメッセージ
人生は、自分の健やかな思考選択により、
現れる人、状況など、想像をこえる展開があります。
自分の奥深くにいつも在る、存在の喜びは、宇宙との
共同創造を楽しみたいと思っている、私はそんな気がして
なりません。
過去世もカルマもあるといえばあり、ないといえばない。
なにを、どう採用するかは、自由意思を与えられた
私たちの特権ですよね。
変化自在まさに、常ナラズ。
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爆笑道をゆく

先日、友人Tちゃんの、運転で1泊2日の旅をした。

彼女は、高速道路の運転に不慣れで、しかも自称
「おっちょこちょい」「緊張症」

イザ高速道路。

Tちゃん・・「よし」

マミ・・・・・「大丈夫大丈夫」

Tちゃん・・「よし」

マミ・・・・・「車線変更のたびに気合を入れてるね」

こんな具合に、自らに言葉がけし、気合を入れ
ハンドルを握りしめるTちゃん。
途中、サービスエリアに立ち寄るが、減速をあまりしない
Tちゃんの走りはスリリング。
エアブレーキを踏み、足がつっぱる私。

そして、いつの間にか、自動車教習所の教官と生徒の様に
二人はなっていた。

高速をおりる際も、減速があまく、ETCバーに
ぶつかりそうになった。

マミ・・・・「ブッブッー!マイナス5点」
     「はい。いいですか、しっかり減速!」

Tちゃん・「すみません」

マミ・・・・「はい、一般道に入るからね。
      カーブ多いから気を付けよう」

Tちゃん・・「はい」

マミ・・・・・「この右折は、もっと頭だして・・」

Tちゃんは、車の頭でなく、自分の頭を出してる。

マミ・・・・・「はい、思い切って車の頭ださないと、
       ここは、いつまでも曲がれないよ。」

てな具合で、無事1日は終了しました。楽しい~・

帰りは、台風の影響で、雨風の中を運転。

技に磨きをかけたTちゃんは、ゆとりを見せます。が・・

Tちゃん・・・「マミさん、勇気があるなら寝ていいよ。」

マミ・・・・・・「心に全くないこと言うな!」

Tちゃん・・・「バレたか!言ってみたかっただけ。寝ちゃあ困る」

しかし、走りは昨日より格段よくなった。すごいじゃないか。

マミ・・・・・・「いいよいいよ、いい感じ」

まるで、裸の女優を撮るカメラマンのように褒める私と
嬉しそうなTちゃん。

行きは、6~7分で通過する恵那山トンネルも、
閉所恐怖症の彼女にとっては3倍くらいの体感時間だった。
でも、もう大丈夫。

マミ・・・・・「あと、少しだ。慎重に行こう!シンチョウ~」

Tちゃん・・「身長155センチ」

マミ・・・・・「ナイス、すんばらしい!」

風雨のため50キロの速度制限のシグナル

Tちゃん・・「私の体重53キロ」

さきほどより、若干、小声でつぶやくTちゃん。

マミ・・「堂々と行こう!いけいけどんどん!」

今日のメッセージ
運転技術以上に、笑いに磨きがかかった2日間。
帰り、高速をおりる時は、減速し過ぎてETCバーより
10mくらい手前で、止まりそうになった車。
さらに、方向指示器を出し忘れ、後から、
「カチカチカチッ」と口で言ったTちゃん。
しかし、何をやっても楽しそうで、笑いが蔓延した。
楽しいことは、事柄でなく、自分の感情が前祝や内祝い
している。
喜びがあれば、経験の楽しさはついてくる。
これぞ、宇宙の法だ!
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人生劇場 カルマからの脱皮

八ヶ岳のアウトレット内のカフェ。

ここは、先に注文支払を済ませ、渡された
座席番号のテーブルに着席して、
料理を待つシステムです。

お盆休みともあって、注文レジに行きつくまでには
かなりの長い人の列が、できてます。

メニューは、その列の横に、置かれ、注文内容も
十分検討し、レジでは支払いのみのはずなのですが・・・

注文口にて、再度悩み、迷い、食べ物や飲み物を
決定決心するのに、かなり時間をかけています。

欲求の心変わりは、自然だし、変更も自然。

時間空間は「これ」と即座に決心し、結果の出る世界では
広がりようがないです。

遠距離恋愛だって、空間や時間が、燃え上がる
恋心の着火剤。

ロマンとガマンがセットになり、近づけばドキドキ、
遠ざかれば、再会の約束だけが希望になる。

でもね、欲求は変化するし、生き物は新しい冒険を
したがるもの。(恋愛中の方がいたら・・。いないか!)

一体誰が時間や空間を設定したのだろうか?

私たちは、欲求するものを、物質次元に、自ら現わしています。

欲しくないものでも、強烈に思考を向ければ、欲求
だから、体験するのかもしれません。

カルマの負債のために、この次元を現わしたのでなく、
表現、体験、創造の場として開いたのではないでしょうか?

それでなければ、カルマは生きる限り、次のカルマを生み、
愛であり喜びである神の質からは、離れることになります。

カルマの法則は、「ある」という信念の中だけで、動く法。

いまや、その呪縛のような、信念の解放を「する」と
決めれば、果てしない自由性が享受できるのでは
ないでしょうか?

今日のメッセージ
あらゆる世界の認識が、増すほどに深まるほどに
「ただ在る」という至福のエネルギーである自己の内に
意識が向けられます。
そこには、カルマを超えた自由と無限性があり、
さらなる遊び心を持った進化への欲求が
あるかもしれません。
カルマという法則性も現実かもしれませんが、
心の中にあるもので、「ない」とすれば、働きようがないのです。
自分が喜んでいるか?
単純に選択する方が、モノの流れは速い感じがします。

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人生劇場 21才の頃の私・・モア ジェントリー

16の時、初めて作った「さびしがり屋の魔法使い」
という歌。

19の時、その歌を歌い、全国大会で特別賞を受賞。

他の出る大会でも、高い評価で受賞し、まさに
このころから、錯覚錯想の自我は、勘違いの連続。

シンガーソングライターとして、いくつかの
レコード会社からスカウトされたものの、
もっとアマチュアとして、活動したく、(東京が
おっかなく)・・

2年後、所属事務所も信頼する
ディレクターの力添えで決定しました。

イザ!上京。

その直前に、肝炎になりました。

医者から、2か月間の安静を余儀なく言い渡され、
動くこともままならぬ、自問自答の日々。

若さはあっても、深さはなく、それなりに自分を見つめながら、
失敗の恐怖と、成功の賞賛が点滅してました。

華やかな世界へのあこがれは、人並みにありましたが、
がむしゃらな気持ちは、ほとんどなかったです。

何より、療養期間のお陰で、「自分の音楽的才能」を
あらためて感じ、・・・「たいしたことない」を納得。

サザンオールスターズの感性に驚き、中島みゆきさんの
歌詞の奥行に圧倒され・・

ましてや、音楽業界の成果主義の中、私などやってゆける
見込みもありませんでした。

上京を取りやめ、アマチュアとして楽しむと、
決めたのには、勇気も悲しさもいりませんでした。

当時、私の家は、めちゃくちゃな荒れ果てた環境でした。

そんな中で、老いた祖父母の悲しそうな顔を見ると
胸がはちきれそうになりました。

「なぜ生きるのか?」を問うと、未熟な中にも、
内側の何かを感じ、そのせいか、ぐれきれず、
真面目になんてアホらしく、厄介なガキでした。

人を裏切ったり、傷つけたり、いっぱいしました。

路地の野良猫に自分を重ね、
夜の静けさに響く酔っぱらいの喧嘩に
「死んだっていいけど、死ぬなよ。」と、
今、思い出すと、笑える人生劇場を投影してました。

つっぱり姉ちゃんは、へぼいくせに、超強がりでした。

ガキのくせして、子供っぽいブリブリ女は、嫌いでした。

私とは何かを、求道するなんて、思いもつかず、
真面目ちゃんにも嫌悪感まるだしでした。

すさんだ気持ちで過ごし、斜に構え、世の中は
息苦しく、妙に大人っぽい自分だけが支えでした。

一つの体験から湧きあがる感情を通して、
思考の癖ができるのでしょうが、感情体験抜きには
「私自身を考える」ことも起きません。

自我の独自性が暴走し、様々な体験を必要とし、
やがて「内なる何か」との不思議な一体性を、発見する。

人生劇場には、役者が必要で、長さも必要です。

そろそろ、芸風変えてみよっかなあ~。

あれから、35年、どれもこれも、「よし」の体験です。

今日のメッセージ
今日は20の時、作った曲「モアジェントリー」を歌う私の
姿をアップしました(タイトルクリックでユーチューブへ)時代を感じる~。
ずいぶん暗く、見にくいと思いますが、
今のわたしをご存知の方は、少々たまげます。
ギターは夫ヒロサンです。若っ!
当時のメンバーはギター、ベース、ドラムス、キーボード
ボーカルの5人。
個人の方で、映像が残されていたことにもびっくり。
ありがたかったです。最初は恥ずかしかった~。

他にも
ホームページ
カバァ―曲大好きな[わが心のジョージア」アップしました。
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人生劇場の旅・・ちょいとマジなマミトーク

人生は、学びと、気づきの劇場だと思う。

孤独を学び、怒りを学び、許しを学び、
関係を学び、瞬間の気づきを学ぶ。

きれいごとでない、徹底した憎しみや、怒りの実感なしに
「許し」など実感できるものでないから。

時間をかけた、長い旅路は、少しずつ心に
見えぬ筋肉を増やしながら、自分との折り合い方を
教えてくれたようだ。

悩み、「どの道を行けばよいですか?」と尋ねても
誰も知らず、「この体験の意味はありますか?」
と尋ねても、しっくりする応答などなかった。

「絶対、超えれない」、と感じてしまう萎えるほどの
出来事は、まるで、それが分厚く
とてつもない高い塀の様に感じたし、
あがきすぎて、さらに八方ふさがりに感じて
、どこまでも無力と絶望感にも見舞われた気がする。

わたしは、はじめて、神と呼んできた、何か大いなる存在に
全託することをして、無心に祈ることを学んだ気がする。

私の場合、人生劇場においては、リアルタイムで「学び」の
自覚は少なく、振り返ったら
「学び」という言葉におさまったのだ。

今、えらそうに「学び」と、書いているが、その時は
問題以外の何物でもなかった。

「自分」を片隅において、いや、「自分」すらいないくらいの
無力感から、祈る行為は、思いもよらぬギフトがあった。

ここは、言葉に表しにくいところ。

内なる神の、「力」のような何かが、心の窓を開け、
未完成という影の中に、完成があるのを
感じさせてくれた。

「これでいい」という思いは、怠慢さを生むものでなく、
成長を止めるものでもなかった。

今の自分を抱きしめるような思いは、取って張り合わせた
ワークではない。

「私」以上の何かとの、協働作業する、条件なしの
自己受容でまさに命の実感だった。

全ての体験が、内在する命に、‘あるがまま’の
スイッチをオンするのだと、
心底から思えるようになってきた。

この頃、追い求める理想の状況は、影のようなもので
本当に大切なのは、愛という質感や状態を
肉体を持って、実感することだけかもしれないと
思っている。

そして、理想状況のその影も、創造の楽しみになり、
エゴであっても、生きる肉体の原動力
になるのだと思う。

様々な学びは、いのちの躍動感を増し、
感情を通し、この世界の理解を深めることで、
より鮮やかな本質の色彩に
出会うのだと思う。

今日のメッセージ
旅の途中の私ですが、寄り道、水たまり、出くわす
ハプニングを無理に遠ざけたいとは思いません。
しかし、収集するのなら、楽しみのコレクターで
ありたいし、紛争や悲しみへのフォーカスは、一体誰の
為になるのかなあ?って素直に思います。
どんな意味か、どの道が良いかは、わからなくても
「よし」と太鼓判を押せるのは自分だけ。
自我と折り合いをつけながら、前より笑って楽しんで
歩けるのは、歳のお陰だけではありません。
多分どの道でもいいのが人生劇場の面白で、びっくり
ドッキリの中、内なるイノチがマインドの殻を溶かし、
「YOUは不生不滅のエネルギーなんじゃ」って声を
発するんではないでしょうか?
それぞれが創造を楽しみ、それぞれの表現をしながら
この星は今日も輝いています。
お互いを尊重するなら、無益な殺傷で誰が泣き、喜ぶのか
Ⅰ+Ⅰ=の計算式より頭でなくハートでわかります。
さあ!イノチの仲間たち。
喜びの柱の中で「よし」と胸をはろう!

追記
ホームページのギャラリー内のhirosan’sは、我が夫殿
のブログです。
写真いっぱいで楽しいよ!
お店紹介もありますよ。!
ご覧くださいおませ~
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興奮がお好き?それとも今幸せ宣言?

私たちの内側にある、喜びの波動は、
不安や心配の波動と違い、とても緩やかで
穏やかだから、ついつい、感じ落としてしまいがちです。

へぇ~これが・・?というくらい、退屈な時間の中にも
ちゃんとあります。

心は、病的なまでに、刺激的なものがお好きです。

興奮にも慣れっこで、何もせずじっとして居ることなど
なかなか好みません。

体は、じっとしてても、頭は、たえず、あれこれ
一人しゃべりしています。

精妙で微細な時には、興奮できず、面白さが欠け、
自ら、問題探しを始めちゃうんです。

興奮という大シケの後の、なぎという、穏やかさが
いっそうリアルな、生きてる感を作り出すからです。

本来は、そんな反作用をわざわざ利用しなくても
「息ができて幸せ」
「指が動かせ幸せ」
「屋根があるところに寝て幸せ」
「あの子が笑って幸せ」
・・・などなど、任せて眺めるこの世界は
幸せいっぱいあるのです。

眺める範囲を広げちゃうと、「あの人より私は・・」
「あの家より、うちは・・」なんて、比較の不幸が出てきます。

悩みも迷いも、2つ以上が無ければおきません。

無人島に一人なら、比較なんておきません。

便利生活が当たり前になり、「無人島なんて・・」と
これまた、エゴが不足を叫ぶだけ。

だったら、いっそマクロの宇宙的視野に立ち、
眺めると、人間1人1人が、全体宇宙の1コマだと
思いませんか?

一つとして同じ人生の型はないから、学びは
自分の中にしかなく、比較しても仕方なく、
全体宇宙は瞬間に変化しているので
何よりそこに添って生きるのが、順調ということかなあ!

人間は、いつしか傲慢になって、全体操作にのり出し、
自然を破壊し、動植物も絶滅に追いやりました。

私たちは、他の動植物と違い、自由意志を持ってます。

肉体人間が終わっても、子孫である肉体を持った者たちに
他の命との共生の道のりを伝えることこそ、全体宇宙
に添った生き方ではないかと、思うのです。

宇宙は破壊、維持、創造の循環のなかにあろます。

しかし、今の私たちの意識や生き方は、まるで先のない
破滅的なものも見られませんか?

小さなことでも、喜びを忘れず、先を争わず、
感謝の気持ちで生きていくことこそ、
内なる不生不滅の源であるエネルギーに
繋がり、大いなる叡智を呼び覚ますことになると
信じます。

今日のメッセージ
通信機械の進歩により、私たちは、すぐさま
必要な連絡がとれ、コミュニケーションもとれます。
でも、悲しいかな、逆にせっかちをあおり、忍耐を損ね
時間を必要とした根気強い関係作りを遠ざけてしまいます。
種をまいても、花や野菜は、それぞれのタイミングでしか
芽を出しません。温度や雨の都合と交わりながら、
時間をかけ花を咲かせるのです。
PCやスマホから、イノチあるものの質感は伝わりません。
人間も自然の1部であるという謙虚さに欠ければ、どうなるか
容易に想像できます。
スピード、効率、生産性だけの重視は、宇宙の
循環から弾き飛ばされるのは当然なのです。
ささやかなこと、取るに足らない事、その中にも
大いなる叡智があるのだと思います。
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過去世はあるのか?

ボイトレの生徒でもあり、友人でもあるサラちゃん。

彼女の娘さんが、以前ボイトレに来てくれてました。

そんなサラちゃんから、「ピアノを教えてほしい」といわれ、
即、「私の実力では無理だから、どこか良い先生のもとで・・」
と、お断りしましたが、何とボイトレを受けることに変更。

そして、さらに音叉療法のすごさを体感してくれたこともあって、
今では、体操服でベッドに横たわり、様々な周波数を
浴びて音叉療法。

サラちゃんは、過去世で人魚だったそうです。
口の裂けた醜い人魚だったらしく、岩陰に隠れていたとか・・

さらに魚のカサゴだったこともあるそうです。

奈良の天河神社に連れて行ってもらった時は、
「あの川で、洗濯をしていた記憶がある・・女中だった・・」
と教えてくれました。

最高に楽しかったのは、「こんなはずじゃなかった
なんて言うと、自分を守護してるガイドや天使たちは
隅っこで膝を抱え、しょんぼりするらしい。みんな私たちが
喜ぶことをしたくて仕方ないんだよ」と、教えてくれた時です。

小人の時代もあったらしく、そんなサラちゃんの話は。
奇想天外だけど、とても楽しいです。

今日のメッセージ
私も、私たちが魂の進化をするよう、たえず見守り、導いてくれる
そんな見えないたくさんの存在があると思ってます。
守護霊は内なる高次の我かもしれませんが、何はともあれ、
いかなるときも一人ぼっちではない。
トンネルをくぐるような、人生の暗闇は、きっとさらなるステージの
通過儀礼かも?しれません。
弱さも強さも、そして清濁あわせ持つ体験の数々に
尻込みせず、内なる源(いのち)へアクセスする意識を
忘れないよう、忘れても思い出すようすればいい。
反省は大事ですが、自分を責めず、罰せず、朗らかに
高らかに生きる。
いつも大応援団を従えていることをわすれないで・・
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プロフィール

Mami

Author:Mami
愛知県在住。
声とリズムと音叉を使い、
ユニークな音楽教室を主催。
趣味:さんぽ、山を見ながらビール?

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