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アイシャとマミのスピ日記 その2「食」に感謝

マミ・・アイシャ、これは3年前から八ヶ岳南麓の
    小淵沢で暮らしているお友達のお家だよ。
    去年、こっちで入院した時、お世話になったんだ。

素敵なお家

アイ・・知ってるよ。
    優しいご夫妻が住んでいるんだよね。
    しかし、超可愛いお家じゃん!
    目の前に、富士山、南アルプスが、わぉっ!
    アツ!マミ 
    まるるくつ工房って看板あるよ?

可愛いくつや

マミ・・そう、奥さんのYちゃんは、ベビーシューズや
    スリッパを作っているんだよ。ハンドメイドの
    そりゃあ素敵なんだ。

アクセサリー

アクセサリー


アイ・・このアクセサリーもめちゃ可愛い。
    Yちゃんの手作りなの?
    アイシャの名札も欲しいよー。

マミ・・不思議な魅力の女性でセンスいいんだ。
    次に、あんたの名札も頼んでみようね。
    ここのご夫妻は自然農法を学び、野菜作りや
    お米作りに取り組んでいるんだよ。

アイ・・自然農法って?

自然農

マミ・・自然の営みに任せ、無肥料、無農薬でお米や
    野菜を育てるんだよ。
    自然と言っても、すごく手間のかかる作業なんだ。

アイ・・そういえば地元でも、友達のTちゃんも
    無肥料、無農薬で野菜作りしてるよね。
    いつも採りたて野菜いっぱい持って来てくれるよね。

マミ・・本当にありがたい。あんたにも、安心してあげれるしね。
    スーパーの形のそろった野菜より、味が濃い、美味い。

アイ・・みんな、ごはんに対する気持ちが変わったの?
   
マミ・・地球や自然への感謝、あらゆる生き物との共生、
    自分の健康に関する食への見直し、それらが前より
    より意識されているんだよ。
    情報やマスコミに踊らされない感性が、
    目覚めだしたんだよ。

アイ・・食は、お腹を満たすものだけでなく、
    ほかの命をいただくものだって感謝しなおすように
    なったんだね。

マミ・・そうそう、普段は勝手気ままなあんたでも
    「食」は「ほかの命をいただくもの」なんて
    わかってんだ~。

アイ・・バカにすんな!
    ふん!マミは野菜もお米も作れないくせに。
    食べるだけの人じゃん。

マミ・・ずぼしだぁ~
    確かに、手間も、汗も、お天気への祈る気持ちも
    知らないから。
    だから、せめて食べる前に
    「この恵みをいただきます。」って、
    手を合わせるんだ。

アイ・・えらそうに言っても、時々食べ過ぎて
    お腹のお肉つまんでるくせに。

マミ・・よく、見てるね。あんた。
やだ~寝てるし、もう。

アイシャくたくた



まるるくつ工房は、リンクにある「正しい道を司る」を
ご参照くださいね。

今日のメッセージ
思考は、狡猾で、様々な人生の悩みに対し、解答を与える
ふりをして、頭をさんざん沸騰させます。
悩みが、さらなる悩みを招き、考え過ぎると、いったい
何を悩んでいたのか訳がわからなくなるのです。
悩みは、頭(思考)の暴走で、問題解決は決断と行動しか
ありません。
そして、本当は問題なんて実体のないもので、自分にとっての
不都合で取り払いたい何かを、「問題」と信じ込む記憶と
連動しているのです。
問題を忘れる瞬間があるなら、そこに問題はない訳です。
気が付けばある「問題」なら、気が付かないことには出てこない
「問題」。ふーん。
食事の時には、食事に集中し、味わいましょう。
思考は、大切だけど、使い方次第です。
畑仕事や稲作に携わる人々(他にも体で作業する人々)は、
頭で作業はできず、健康的に思考と共にある気がします。
       
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アイシャ(我が家のわんこ)とマミのスピ日記・・その1私は誰?

マミ・・今日から時々登場していただくアイシャさん
どうぞ~

aisha-raugh.jpg


アイ・・や・やあ、どうもです。生まれは愛知県豊橋市。
母の名は、リニアと申しまして、わたくし、犬種的に俊敏、聡明
適当に人懐こいが媚びることなし、悔しいがマミは大好き。
・・ボーダーコリャ~
ナンダコリャ~のアイシャです。

aisha-takizawafarm.jpg


マミ・・自己紹介はそのくらいで。
しかし、あんたはマイペースだよね?

アイ・・わたくし、自然体でありましてマイペースという
のは、マミペース目線があるからなのです。

マミ・・出たぁ屁理屈!
どころでさ、私は誰だと思う?

アイ・・はっ!マミに決まってんじゃん。

マミ・・うん。今からちょこっと深い話になるけど大丈夫?

アイ・・バカにしないでよ~そっちのせいよ~。
(あっ、百恵ちゃん。やだマミ好きだったよね?)
知的好奇心満々だから大丈ブ~ぷっ!

マミ・・了解。
私たちは肉体という地球服着て、固体化し、この世を
暮らすために、私の場合、呼称「マミ」をつけているんだ。
でも、実は・・・。

アイ・・ひょっとして「ポチとか?」

マミ・・違うよ。マミとして体験してる私を観察してる
意識。これが実在らしい。

アイ・・うっそ~!

マミ・・あんたに嘘ついても何も特にならないよ。

アイ・・確かに・でもさ、観察意識だということを皆
わかってるの?

マミ・・3年前より、わかってる人は増えてるよ。
相変わらず、死んだらおしまいの肉体人間と、思ってる人も
たくさんいるけどね。
そりゃあ、「人間です」も事実だし。
いきなり、「あなたは、肉体でも心でもない。内から
あなたのあらゆる反応を観察している意識です。」って言われたら
たまげるでしょ?

アイ・・うんうん。「マミさん大丈夫?前からちょっと変とは
思っていたけど、学校を辞め、家の仕事もコンパクトにして、
暇人になったら、おかしくなったんじゃあないですか?」
って心配されるかもね。
それとも、「あのとき、死にそうになって、救急搬送入院で
脳みそに、何か注入されたとか?」

マミ・・多分、5年前に言われても、私自身「はあ?」ってなる。
やっぱ、衝撃的な体験が、細い目を覚ましてくれたかも?

アイ・・わかると何が変わるの?

マミ・・ただの人として、変わんないよ。
でも、内側に繋がることをわかるのは、外側への
葛藤や暴走を「やーめた」って深刻劇化しないよ。

アイ・・そうだね。瞑想もよくしてるよね?

マミ・・あのさ、あんただって雷が鳴ると
ビビってるでしょ。しっぽ丸めてガタガタ震えてるじゃん。
あれってね、細胞に染み付いた記憶なんだよ。

アイ・・花火の音も嫌だな。
でも、音叉の音は気持ちいいんだ。

マミ・・「やってやって」って寄って来るよね。

マミ・・人間もね。骨や細胞に染み付いた記憶を持って
生まれているんだよ。
悲しみ、憎しみ、飢餓、戦い、こんな恐れの属性である
記憶がある。
それが、日々の暮らしで、人や出来事などの何かしらの
刺激を受けると、瞬間に浮上し、
表面に感情として、わぁって出てくるんだ。

アイ・・で?

マミ・・そんなカルマとも呼ばれるものは、外に現象化したら
解放だから終了したんだけど。

アイ・・けど?

マミ・・人は、ここから始めちゃうんどよ。
原因を探したり、状況を何とか操作したくなり、また自分の
恐れの記憶から動き出して、コントロールしたい自分が
逆に状況によって、感情的に振り回されちゃう。

アイ・・マミは、ずっと、今までそれをブログに書いたの?

マミ・・以前は、私もそうやって、原因を探し、人や事を変えようと
頑張ってきたから。何故私ばかり苦しいのか?
そうやって悲しみ掴んでは、記憶のテープの巻き戻し作業
してたんだ。
だから、何か伝えたくなった。

アイ・・ねえ。原因探しは反省にもつながるでしょ?

マミ・・うん。
現実は、内因が先にあっての結果の世界なのね。
反省も、失敗を軸にすれば、後悔や自己否定を
強めるんだ。
だから、失敗なんてなくて、あるがままの現実
として眺めれば、その時に必要な動きができる気がするよ。

アイ・・ふ~ん解放のため必要な体験かあ~

マミ・・ほんとはね、瞬間瞬間新たな自分が
生まれかわってるの。
いかに、同じに見えても、新しい今ここの私が、現れる。
それを、昨日も明日も同じって、「私はこんな人」って
自己イメージを作り、憂いながらも安心したいのかなあ?

アイ・・魂の深いところでは、未完了の感情解放を
知ってるんだね?そのためには個体の人間として受肉するんだね。

マミ・・あんた、私よりわかっていたりして?

アイ・・ははん、世界はマミに謎かけしてる。

マミ・・そうそう、そして、そのプロセスが、人生で、
観察意識としては、決して深刻劇じゃなく
いかに、who am i ? 私は誰?の
ゲームをしてるみたいなんだよね。

アイ・・やっぱ、人間が自由意思を持って不自由も感じるのか?

マミ・・あんたは明日の事なんて気にしてないでしょ?

アイ・・だって生きてるって今でしよ。
昨日の事でも気にしてるなら、置いてきぼりで
マミを恨んでるよ。

マミ・・確かに、その恨みがましさはない。

獅子岩で


今日のメッセージ
生き物はナマもので、絶えず変化し、同じなんて状況は
ありえません。
大切に扱う心ですが、朝目覚めに決意したことでも
昼前には決意撤回することよくありませんか?
知らないから、理解できるスペースがいっぱいある。
私は誰?はじめから知ってたらこの展開はないんでは?




    
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桜の樹に思いをよせて

私の住む愛知県から、桜前線は北上し、
公園の桜は花を散らしました。

毎年、お花見に行く場所。
豊川市の佐奈川。

佐奈川は、豊川市を縦断しながら三河湾に注ぐ
2級河川です。
この佐奈川の両岸の約8キロに桜並木が連なります。
そして、開花の頃、堤防下に咲きほころぶ菜の花の黄色と、桜の
淡いピンクの、絶妙のコントラストの中の散歩は最高です。
写真が無くてすみません。

4月初め、友達と、ちょこっとだけ町の喧騒から離れた桜並木を歩きました。

川のせせらぎ、鳥のさえずり、のんびり流れる時間。

突然「こんにちは」と大声で
演劇部の発声練習のように、女子学生が言いました。
思わず、後ろを振り返ってみても誰もおらず、急いで
私は、彼女の後ろ姿に、「こんにちは」を言いました。
笑った顔が、幼く、はにかんでいたのが印象的でした。
挨拶をあ・り・が・と・う。

桜は、秋から冬の低温にさらされ、長い休眠から目覚めるように
開花するそうです。

おなじ樹でも、目覚めている芽と、まだ、お休み中の芽があり、
それが開花のずれとなり、私たちは半月ほど花見を楽しめるのです。

一斉に目覚めたら、楽しみは短く、より儚いものなんでしょうね。

ひょっとすると、人間の世界も同じかなあ?
眠っている人と、目覚め始めの人、目覚めた人が混在し、
同じ世界に生き、おなじ太陽を見て、花見をしている。

見た目には、区別はなく、目は2つだし、口は1つだし、
別に`睡眠中’と札を下げてるわけではないから、外見では
わかりません。

地球は学びの星と言いますが、やっぱり様々な人がいるから
びっくりできるし、気づきの連続なんですよね。

たとえば、我々が1本の樹に咲く花なら、多分、
赤や黄色や茶色や緑や白や混ざった色や・・・・・
色とりどりのまさにチャンプルですよー。

しかし、おなじ根を持ち生きている。

う~ん。どこまでもどこまでも、頭では
理解したくないことかもしれませんが・・

しかし、おなじ根を持ち生きている。

今日のメッセージ
人の悩みはつきません.
頑張っても報われないことや、本当に悲惨に感ずる
事も起こります。
でも、時々「それって、悩みが好きで
握りしめてるんとちゃいますか?」とも感じることもある。
もし、こんなこと言われたら、多分相手は、どうにもならない
環境や関係を「どうにもならないから悩む」と、悩みの正当性を
語るかもしれません。
でも、どうにもならないなら、まず、悩みで消耗せず、
現実を認めるしかありません。
どうにかしようとするほど、葛藤を生み、苦しい訳で、
あきらめれば以外と、悩み以外が、顔を出し始めるかも。
これらを感じるには、あきらめの実践しかありません。
心の癖や、染み付いた正しさと言う観念は、自分が手放さない限り
離れることはないのです。
あきらめも、手放す事と同義ではないでしょうか?
きつい下着でも、靴でも脱いだ時、気持ち良いからなあ!

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私たちの声(周波数)

声は口から出ます。

声は、肺からから送られた空気が、気管を通り、
声帯で原音を作り、さらに原音を、舌や唇や表情筋で
加工し、鼻腔や口腔で拡大して口から発せられます。

ただの音なら、肛門周辺でも「おなら」として出ます。
ブ-!  ブリッ! プッ!  などなど・・・

しかし、肛門周辺では音の加工はできず、おならで
「ありがとう」や「ごめんなさい」は、言えません。

私は、長年、発声、歌唱指導を自宅や専門学校でしてきましたが、
皆、自分の声に対して、あまりにも無意識に発している事に
驚きました。

ひどい風邪で喉を傷めて、声すら出なくなって初めて、声を出せる
有難味を実感できます。

そうなんですよ~本当にありがたいことを肉体は、
自然にやってくれるのです。

でも、肉体の声は、聞こえる限りを自己解釈して理解し、さらに
耳に集中した分、目はお留守になったりします。

声は耳だけでなく、体中で聞こえますし、無音になった個所に
無音を装った声が隠れていることも多いです。

声は、自分の気持ちを表すよう言葉をのせ、コミュニケーション
として活用される分、口下手だと誤解を招く?
そんなことはありません。
以外と人は、言葉以上のそれを扱う人の思いを、声の周波数に
感じられるものです。
訥弁の人は、相手が五感のフル稼働するお役にたってます。


メロディをのせ、歌としても活用されるとき、音が外れる事を
音痴といいますが・・・
外れた音でも、ためらわず出す方が、聞いた人の
学びになるのです。
音のずれと言う繊細さを感じ、
音の当て方を、工夫するお役にたつ。
その方法はオリジナルで楽しいから。

音は、書き込むか、録音するか以外は
証拠を残さないものであり、言い方を変えると、
様々な周波数です。

物質肉体の音としてとして使う声もありますが、
私たちの存在は、多次元的エネルギー身体でもあるのです。
「思い」と言う、無音の声、周波数があり、これが空間を漂っています。

だから、肉体と言うパイプは、聞こえない声(周波数)に、敏感に反応し、
影響されてもいます。

素通りさせずに、これら周波数をキャッチし、さらに不安な周波数なら
考え込み、悩む。

やっぱり、無意識でなく意識的に、声を発し言葉を使いたいですね。
空気中にや花粉や黄砂だけでなく、そんな声(周波数)が
あるのですから。

そして、気が付き、意識してみましょう。
これ、ただの周波数掴んだだけかも?って

今日のメッセージ
今年は、花粉症が激しく出ている方が多いと思いますが、
出すものは、めいっぱいだして、惜しまない方が良いと思います。
症状の激しさは、確かに困りもんですが、なんだか
大きな変化の中を生きる今、花粉症も
観念や思い込みの手放しに、一役
かってくれている気がするからです。
咳、鼻水、くしゃみ、かゆみ・・・・でるでる。


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散歩

主人の母(ばあちゃん)が、くも膜下出血で倒れ、
寝たきりの半年を過ごし、施設入りして、早7年。

介護認定5から認定2にまで回復したものの、ナイスなボケと
トンチンカンな日常は残った。

お金はいっさい残さず倒れ、どこかに多少の預貯金があるはず・・
と、淡い期待は崩れさり、見つけたのは未払いの請求書。

しかし、生まれ持っての呑気なキャラクターが、
叱られてもへこたれない、気にしないばあちゃんを
支え、私が深刻になるほどに、ズレがアホらしくなった。

私は、何だか理屈抜きで、ばあちゃんと相性が合うらしい。

2年まえの大晦日、我が家で、目を離したすきに転び、
部屋から玄関から流血で、救急隊員さんも「ぴゅーぴゅー
血が噴き出ている」と、ばあちゃんの頭を押さえ、
担架に乗せ病院へ。

私は、大晦日の除夜の鐘を、「ばあちゃんのアホッタレ~]と
呟きながら、聞いた。
認知症の家族を抱えることは、本当に大変だ。

昨日、二人で散歩した。
ばあちゃんに帽子をかぶせ、上着を着せ、車いすで、
施設付近を散歩した。

畑のあぜや、道端にごく普通に生える草花を手に取り、
お茶をのみながら、のんびりと車いすを押す。

「去年、あそこにつくしを取りにいったよ」と、言うばあちゃん。
事実が何であれ、穏やかに笑う、その顔に「行く訳ないじゃん」とは
もう言わない。
「よかったね。どうやって食べたの?」「たくさんとった?」

・・・・七年前なら「そんなはずないでしよ!」と、訂正し
「しっかりして」と、叱咤したかもしれないけど。

そんなこと、大したことじゃないんだよね。

気が付いたんだよ。

上っ面の会話が、いかに通じた気になっても、お互い通い合ってない
こともある。

でも、何だか、ばあちゃんとは通っている「なにか」を
感じる。

ちょっと坂道になったら、「重いでしょ?」と、私に言った。

ガタガタ道になって、「乗り心地わるいでしょ?」と聞いたら
「あんたが大変」と言った。

もう、何も話さなくても、風にふかれ、
(ちょっとあつい)春のお日様を感じ、散歩する。

今日のメッセージ
7年前、愕然としたことも、やがて日常に変わり、そこから
気が付くこともたくさんあった。
昔も、その後も、愕然とすることは起こるのだが、考えても
良い方向へ行ける訳じゃない、「その時、どう動くか」・・
その自分を信頼し、(何度、疑い深くなっても信頼し、)
生きる。
愕然とする必要性を疑ってみると、ギフトがみえるかもしれないから。



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幸せって何だっけ?(続きⅡ)

昨日の続きⅡ

持ち去られることも、減ることも、滅することもない喜び
これが私たちの魂の奥深くにあります。
特定の人だけでなく、すべての人にあります。

何故感じられないのか?

私たちはそこを見ようとはせず、心と言う
じゃじゃ馬みたいなものを、なんとか乗りこなそうと
頑張り、どうにかする自力のみにしがみ付いているからです。

人生という航海においての座礁のさい、船を動かすことに
必死になり、船と共に沈むことなど破滅を感じてしまうのです。

私たちは船ではない。船は沈み、海と一体になれば、いのちは
滅していない事がわかります。

自分の恐怖こそが、闇を見せるのです。
内観も瞑想も深呼吸も忘れ、外へ走り出す時、
私たちは形やモノや人を手なずけねばならず、
結局は絶え間ない、不安を生きる事になってしまいます。

ギブミー精神を手放しましょう。
人生のどん底なら、開き直って言いましょう。
「源とのつながりはわかりませんが、お任せします。
全く先も見えませんが、お好きにどうぞ全託します。」
これを内なる叡智に宣言する。

いつ、どこで、何がは、悪い頭にはわからないこと。

心も我が身も、ありのままの今を受け止め、
お任せすると、自分の頑張りとは比較にならないような
計らいの波に乗り、流れていくのです。

生まれれば、この肉体は必ず「死」をむかえます。

その時まで、「不安だからなんとかしなくちゃ」より
信頼し、任せたんだから「なんとかなるのが自然」と
生きるのはいかがでしょうか?

そして、この作業には「ひとりぼっち」が、つきものなんです。
内なる叡智は、あなたに孤独をみせ、外に走れない内観を促し、
ただ、いまここに「在る」よう導き出します。

考えてわかることは、一つもないのです。
体験が理解を深めるのみです。

さあ、勇気を出して、信頼し、この上り坂を歩きましょう。



今日のメッセージ
誰かに認められたら、あなたの価値が上がるのではありません。
人知れず咲く花は、見られる為にそこにいるのでなく、
喜んでただ咲いている。

操作性のない喜びの中にこそ、宇宙の叡智があり、
無限の豊かさと愛が溢れているのです。

そこには比較や卑下はないのです。
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幸せって何だっけ?

あなたは、今、幸せですか?
幸せを感じないなら、ひょっとして不幸せですか?
それとも、幸せ準備中でしょうか?

惨めだと思われたくないが、多少、同情は
してほしい。
「かわいそう」「あわれだ」なんて言われるのは、嫌だが
「だいじょうぶ?」って優しく言われたい。

時々、そんなキャラクターの自分が人生に登場しませんか?

大病院では、病気自慢の人がいっぱいいます。
我が病を語り、心身の大変な事を語り、闘病生活を
嬉々として語る。

いつの間にか、病が向こうから突然やってきて、
我が身と一体化し、健康であるほうが、不自然に感じてしまい、
不具合が当たり前となる。
だって、病気自慢はお友達の共感を誘うし、健康自慢は
人のねたみを誘うから・・?これって変じゃないかなあ?
まるで病気志向?

いつの間にか、私たちは、喜びの状態でいることが
ありえないと思い、‘いつか、何とかする’目標、目的
を持って幸せ志向してませんか?

真実はここにあり、リアルは今にしかありません。

なのに、なのに心は生きがいの方向性が欲しく
未来志向で、しかも、しかも不安を前提に‘どうしたらよいか’
真剣に悩み、人や情報の中に答えを探します。

あなたにとって幸せはなんですか?
健康や環境の変化なしでは、やって来ないものですか?
それは外からやってくるものですか?

条件付きなら、制限がある幸せになりませんか?
そとからやって来るなら、また去っていきませんか?

しかし、幸せを言い換え、例えようのない喜びとするなら
いつも、いつもあなたの中にあるものなのです。

ただ、気が内側に向かず、外へ行くので見逃して
いるのです。

群衆に紛れても、満たされないなにかを感じているのなら
それは、まさにチャンスなのです。

内側の喜びの気づきには、ひとりの時間が不可欠です。

ひとりは素晴らしいのです。

家族や友達の数は、様々な行事に流され、多忙に紛れるには
好都合でしょうが、都合は必ず不都合も生まれます。

たとえ、いかなる状況でも、内側の奥深くには全てと繋がっている
おおいなる神(源、空、至福)があります。
闇のない光、愛があるのです。

                

                       次回に  続く

今日のメッセージ
呼吸を感じてください。
息を深く吐いて、吸って・・・空間の愛を感じ、
息を送り込む内側の愛を感じ、「ありがとう」と感じ、
目と閉じ、微笑む。
幸せは、外になく、あなたの心の状態です。
しかし、もっと深いところには例えようのない
喜びしかないのです。
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プロフィール

Mami

Author:Mami
愛知県在住。
声とリズムと音叉を使い、
ユニークな音楽教室を主催。
趣味:さんぽ、山を見ながらビール?

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