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息をしてるから生きてる私たち

普段、何げなくしている呼吸ですが、
「息」を意識して生活する事って
あまりないんじゃないかなあ?

階段を駆け上がったり、走ったりすると
「ハアハア。ゼイゼイ。」
呼吸が早く、荒々しくなります。

すごく驚いた瞬間は、呼吸を止めます。
「あっ!」

でも、それが何呼吸か?なんてどうでも
よくて息ができれば生きていけます。

この世に生きるすべてのものが、呼吸を
忘れる事はありません。

明日用の息や、前回ため込んだ息をしている
人はどこにもいないです。

今、ここで息をしてるのです。

頭の中は、昨日の事に悩んでいても
息は今にあります。

未来をどんなに不安がっても
息はここでしています。

そして、息は吐けば必要分の空気が
自然と体内に取り組まれます。

そしてさらに、空気は無料です。

それがないと生きれない。

呼吸する私と、空気とのやり取りは
平等で、国や宗教に関係なく、
国土面積を争っても、空気配分を
争うことなど不可能です。

空気空間は愛なんですね。

今日は呼吸の仕方や倍音を書く予定でしたが
脱線しました。

自然な流れは、出せば空きの中に
必要分が入るらしいです。

でも、私たちはどうも、貯えがないと不安に
かられてしまいます。

「もしこうなったら・・・」と、悪い想像しはじめると
エネルギーは消耗します。

そんな時、空気、息を感じませんか?

おどおど息をしている人はいません。

堂々と呼吸し、いかなる私でもあっても、
息を吸い込み、いらないものを吐き出して
いることに「あっぱれ」

循環してる私に「ブラボー!」



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歌アレルギー

小学生の頃、音楽の授業が大好きだった。

「イチニイサンハイ!」の合図と共に歌いだす。

しかし、「イチニイサンハイ!」の後、必ず
1回頷き、歌いだす子がいて、先生に注意
されていた。

その子が、俗に言うリズム音痴だった
かもしれないが、ありえない変拍子にむしろ
驚きと好奇心がわいた。

上手くできないスキップも、教えてあげるのが
楽しく、やっとの思いでできると、
嬉しくて仕方なかった。

生意気にも、先生より教え方が上手いと
内心自慢げだった。

合唱の時は、必ず、音の外れた歌声が
そこかしこにあり、特に声のデカい子には
先生が、近づき、人差し指を唇に当てながら
「シッー」と、した。

私は、声の出所が、対外判りながら、
つられまいと大きな声で歌った。

後で、気が付いたのだが、歌アレルギーの人は
そんな経験があり、自分の声が邪魔になる疎外感
を持っている。

きっと、先生にも音の当て方を丁寧に教える
ゆとりがなかったのかもしれない。

歌嫌い、歌アレルギーは切っても離れない
生活と音楽の混ざった人生を、苦手感と
いうコンプレックス色で染める。

そんな人を、たくさん教えてきたし
ちゃんと、外れないで歌えるようになり、
歌う楽しさを感じてもらった。

教えることで、自信をいっぱいもらい、
本当に感謝です。

動作を合わせると、歌もリズムも
合わせやすい。

メトロノームのカチカチより、動きをつけ
歌うのは、まさに息を合わせる行為だから。

昔から、牛追い歌や、木遣り歌、などなど
皆で力を合わせる作業の時には、歌を歌った。

息を合わせると、意気もあうからだ。

歌は観賞用ばかりでなく、自分の体中を揺り
動かしながら歌うことで、心地よさを与え、
労働を楽しくさせ、人とコミュニケーション
する素晴らしい活力剤なのだ。

鳥も歌うし、クジラも歌うし、昆虫も・・あらゆるものは
歌って、交流している。

今日のメッセージ
怒りながら歌は歌えない。
喧嘩しながら歌は歌えない。
いや、歌うと素晴らしい抑揚が
あるかもしれないから解らないが・・
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音痴のわな

音楽大辞典には、「音痴とは大脳の先天的機能不全」
なんてのもあります。

大脳の先天的機能不全?・・うぞ?えらいこっちゃ!

この音痴って言葉は、派生語として、普通に
運動音痴とか、方向音痴とか、日常的に
使用されてますよね。

あの人は、本当に方向音痴だから困ったもんだ・・
なんて言ったことありませんか?

方向と、音とは関係ないのに・・
なぜか残される「音」の文字。

さらに、状況を深刻化する「痴」の文字。

痴から思い浮かべるのは、痴呆とか、
・・が足らないとか、愚かとか、イメージ的に
良くないですよね。

仏教の中でも、貧(とん)愼(じん)痴(ち)は三毒とあり、
これは、人の煩悩を毒に例えてます。

じゃあ、「音痴」って直訳すると「音におろか」って
なっちゃう~・・ええ・・変だよ~

音痴はそんなこともあってか、「あなた音痴ね」
と、言われると「二度と歌うものか!」と、
トラウマになるほど、潜在的に傷つきやすい
言葉なんです。

音痴は、チクッでなく、グサッと一突きしやすい
言葉のわながあります。

ちょこっと音程が、外れたり、リズムが、ずれたり、
これが、歌の一般的な音痴です。

せっかく、地球服にプログラムされている
コミュニケーションツールの音声。

「音痴」なんて最初に、誰が言ったんでしょうね?

現実は、歌の音痴なら、喉頭(喉仏があるとこ)に、収まってる
声帯のコントロールが、上手くいかないので、音が
外れちゃうんです。

だから、喉の筋肉を、少し鍛えると、音痴は、治ります。

自称音痴さんを、私は何人も、(いや何十人も)みてきました。

しかし、ボイトレするうちに、皆さん変化しました。

まずは、しっかり聞く。ここ、重要です。

まねることに、意識し、声の高さの調整を身体で
体験する。手も目もみんな使って・・。

すると、微調整の仕方が各自のやり方で
理解できるんです。

リズム音痴さんは、とにかく大笑いしながら
トレーニングします。笑うは重要。

これも、変化するんですよ。
かならず、個性的な変化の道があります。

今日のメッセージ
私は、幼稚園の頃、ブランコ立ちこぎで、
小学生の頃、逆上がりで苦労しました。
尻上がりはできるのに、逆上がりは「できな~い」
そんな時、ヒントをくれた友達に感謝です。
ちょこっと、わかれば、やれるし、たとえ無理でも
「これも個性だ」と開き直れます。
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私たちの声(周波数)

声は口から出ます。

声は、肺からから送られた空気が、気管を通り、
声帯で原音を作り、さらに原音を、舌や唇や表情筋で
加工し、鼻腔や口腔で拡大して口から発せられます。

ただの音なら、肛門周辺でも「おなら」として出ます。
ブ-!  ブリッ! プッ!  などなど・・・

しかし、肛門周辺では音の加工はできず、おならで
「ありがとう」や「ごめんなさい」は、言えません。

私は、長年、発声、歌唱指導を自宅や専門学校でしてきましたが、
皆、自分の声に対して、あまりにも無意識に発している事に
驚きました。

ひどい風邪で喉を傷めて、声すら出なくなって初めて、声を出せる
有難味を実感できます。

そうなんですよ~本当にありがたいことを肉体は、
自然にやってくれるのです。

でも、肉体の声は、聞こえる限りを自己解釈して理解し、さらに
耳に集中した分、目はお留守になったりします。

声は耳だけでなく、体中で聞こえますし、無音になった個所に
無音を装った声が隠れていることも多いです。

声は、自分の気持ちを表すよう言葉をのせ、コミュニケーション
として活用される分、口下手だと誤解を招く?
そんなことはありません。
以外と人は、言葉以上のそれを扱う人の思いを、声の周波数に
感じられるものです。
訥弁の人は、相手が五感のフル稼働するお役にたってます。


メロディをのせ、歌としても活用されるとき、音が外れる事を
音痴といいますが・・・
外れた音でも、ためらわず出す方が、聞いた人の
学びになるのです。
音のずれと言う繊細さを感じ、
音の当て方を、工夫するお役にたつ。
その方法はオリジナルで楽しいから。

音は、書き込むか、録音するか以外は
証拠を残さないものであり、言い方を変えると、
様々な周波数です。

物質肉体の音としてとして使う声もありますが、
私たちの存在は、多次元的エネルギー身体でもあるのです。
「思い」と言う、無音の声、周波数があり、これが空間を漂っています。

だから、肉体と言うパイプは、聞こえない声(周波数)に、敏感に反応し、
影響されてもいます。

素通りさせずに、これら周波数をキャッチし、さらに不安な周波数なら
考え込み、悩む。

やっぱり、無意識でなく意識的に、声を発し言葉を使いたいですね。
空気中にや花粉や黄砂だけでなく、そんな声(周波数)が
あるのですから。

そして、気が付き、意識してみましょう。
これ、ただの周波数掴んだだけかも?って

今日のメッセージ
今年は、花粉症が激しく出ている方が多いと思いますが、
出すものは、めいっぱいだして、惜しまない方が良いと思います。
症状の激しさは、確かに困りもんですが、なんだか
大きな変化の中を生きる今、花粉症も
観念や思い込みの手放しに、一役
かってくれている気がするからです。
咳、鼻水、くしゃみ、かゆみ・・・・でるでる。


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音・リズム・周波数

音は単音でも、その音が醸し出す音色が素敵です。
違う音の高さや、長さが組み合わさってメロディやリズム
が生まれ、さらにそれぞれの音が重なってハーモニーが生まれます。

しかし、音は無音があればこそ、音と認識できます。

無音が音を支えているのです。
(改めて知ると、単純だが、ハッ!とする)

その無音を譜面上では、休符と名付けます。
音符も休符も、書く譜面が無ければ、高さや長さは
わかりません。

私たちは、活動と睡眠でリズムをつけ、気持ちのテンションを上下させ、
人と交わり、共感、反感の周波数を感じ、生きてます。
実はこの周波数ってのが、キーワードなんです。
人生と認識している時空間に、オリジナルなメロディを生み、
自分の思いで作詞をしている音楽家かもしれません。

リズムトレーニングをしながら、私はたくさんの事に気が付きました。

歌うこと以上に、隠しようのない個性が、リズムに現れるからです。

1例ですが・・・
プライドの高い人は、指摘に敏感で、
自分の癖を見つめるより、出来ない事に苛立ちます。

自己否定を持っている人は、「ただ聞く」、ことができなくなり
焦り、休符を待てません。

何かにつけ器用な人は、全体把握を表層部でしかできず、休符(間)
に感じられる、音の流れを見落としがちです。

正解を求めるより、「癖の発見を楽しむ私を感じる」
さらに理解を頭でなく、体で知る(のり)それが
リズムトレーニングです。

我が家では、皆さん、大笑いをしながらやってます。
床に突っ伏して、笑い転げたり、「尿漏れしそう」と腹を抱えて
笑ったり、それを見ている私も爆笑します。

いきなり性格の癖を指摘されれば、プライドだけが
傷つきますが、自ら癖に気が付くと、笑いと共に、解放が
起こります。

だって、癖も眺める私により、やっと癖だと気が付くからです。

癖そのものを生きてしまうと、なりきった私がいて、そこには
人生の観察者が不在になり、記憶と癖の堆積した行動(カルマ)に
翻弄されてしまうのです。

カルマの浄化には瞑想が(良き指導者につけば、)とてもお勧めです。

私は、瞑想はまだまだ、ど素人ですから、音楽や音叉を通して
皆様にアプローチさせていただきます。

手前味噌ではありますが、音叉は素晴らしい効能が多々。

4月より、受付させていただきますのでよろしくお願いいたします。

今日のメッセージ
自分の宣伝です。
音叉ヒーリングは4月より、受付開始いたします。
何本もの様々な周波数の音叉を使用し、痛みや骨のゆがみ
気持ちのぶれ、チャクラのゆがみ、病巣に働きかけ
本来の力を取り戻していくものです。
詳しくは、4月ホームページに掲載いたしますので
ご覧ください。

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プロフィール

Mami

Author:Mami
愛知県在住。
声とリズムと音叉を使い、
ユニークな音楽教室を主催。
趣味:さんぽ、山を見ながらビール?

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